統計画像

 画像が数学の「行列」であるから、様々な算術が可能である。統計もその1つである。古典的には、画像に関心領域(region of interest、ROI)を設置し、ROI内のピクセル値の平均を測定、これを統計にかける。この項で解説するのは、画像のpixelあるいはvoxelごとの統計である。
 ただし、それぞれの画素を統計処理するとき、比較する画像群の様々な条件が一致していなければ無意味な解析となる。通常の統計でも、比較する群で様々な条件が一致している(統計学的有意差がない)からこそ、仮説を証明することが可能である。脳画像ごとの統計処理では、これらに加え、脳の位置・形などの条件の一致も求められるということである。例えば、被殻の画素と側脳室内の画素の値を比べる意味はない。個々人で、脳の大きさや脳内の構造も異なる。大脳皮質の萎縮など加齢変化もある。同一人物の画像であっても、頭部のわずかな傾きで座標はずれる。ポジトロン断層撮影(positron emission tomography: PET)やsingle photon emission computed tomography(SPECT)装置によって、あるいは放射性薬剤や撮像方法・動態解析法によって、測定される画素の数値は変わってくる。
 例えば、ある研究で健常者はA機種、患者はB機種を用い、B機種はA機種より後頭葉の集積が高いとする。患者群では全例で後頭葉の集積が上がり、統計は脳の病態と無関係に患者群は後頭葉が高いという結果になってしまう。
 このようなことは、健常者は撮像の待機中に健常者はアイマスクあり、患者群はマスクなしとした場合も同じことが起こりうる。ちなみに、18F-FDG PET画像では絶食条件が守られないと、アルツハイマー病(Alzheimer’s disease, AD)で低下する後部帯状回で集積低下することが知られている(1)。被験者の撮影条件などは日本核医学学会が作成したガイドラインを参照されたい。
 次に、個々の脳を同じ解剖学的空間に落とし込む作業が必要になる。ある位置のvoxelが、同じ解剖学的部位でなければ統計処理をする意味がない。まず、同じ被験者の脳だけを使用する解析であれば、脳の位置を左右・上下・傾きを一致させれば同じ解剖学的空間を共有できる。例えば、functional MRIで連続数十回のスキャンを解析し、脳機能を画像化する場合が相当する。これをrealignmentと呼ぶ。この場合は脳の形は共通であるので変形する必要がない。黎明期は目で見て手動で角度を合わせていたが、昨今は画像処理用アプリケーションで容易に位置合わせができる。
 異なる被検者の脳を統計処理するためには、傾きを合わせるだけでは解剖が同じ座標にならない。個人個人で、脳の大きさ、脳溝・脳回などの形が異なるからである。そこで、”同じ脳の形”にする必要がある。これを空間的標準化(special normalization)と呼ぶ。標準的な脳に合わせて個々人の脳を変形する。脳機能画像研究の黎明期は目で見て主な部位をマークし変形していたが、こちらも統計画像のアプリケーションがある。最も有名なのがStatistical Parametric Mapping(SPM、Trust Center for Neuroimaging, University College London)である。本邦で頻用されている、VSRADとeZISはSPMをベースに作成された。空間的標準化された画像は、smoothingののちGeneral Linear Modelに則りvoxelごとの統計処理がなされる。解析結果は表・脳表画像・投射画像・スライスなど選択できる。この原理や使用方法などはweb siteを参照されたい。もう1つよく用いられているのが、NEUROSTATである。こちらは蓑島聡先生が開発したもので、統計処理結果は脳表に投射される。こちらも詳細はweb siteを参照されたい。IMP-SPECTを解析する3D-SSPやSEEはNEUROSTATをベースに作成されている。
 本邦では、MRIのvolumemetryでの海馬の萎縮(Voxel-based specific regional analysis system for Alzheimer’s disease、VSRAD(2)やSPECTの評価法(3D-SSP、eZIS)として統計画像が頻用されている。これらは本来の群間比較としての“統計”ではなく、多数の健常者データと1人の被験者の画像を比較するjackknife検定である。通常の研究では、1例と複数を比較する統計は用いていないと思う。また、統計画像で表示される脳画像は、被験者の脳ではない。標準脳に被験者の外れ値voxelを表示している。つまり統計画像において、個々人の脳は、標準脳と同じ座標になるよう変形されている。空間的標準化のための変形がうまくできているのか、そもそも比較に用いる健常者データベースと同じ機種・同じ撮影法・同じ画像再構成法なのか、必ずチェックしなければならない。
 しかし、脳神経内科の地方会で統計画像のみ提示する研修医は、そんなことはチェックしていない。自身が画像読影に自信がないから、統計画像の結果が正解と思っている。  統計画像の落とし穴にハマらないためにも、普段から、統計処理前の元画像を見るようにすると良い。そうすれば、統計画像がなくても読影することができるようになる。
 ただし、通常の画像は主観的な読影になりがちである。特に、脳神経内科医は、患者の診療から病巣を予想して読影するため、それに関係がない所見を見逃す可能性もある。例えばADで初期から低下する後部帯状回の脳血流・脳ブドウ糖代謝は、元々集積が高いため、通常の視覚読影では変化がわからないことがある。客観性のある統計画像を読影の参考にすることは正しい使用法である。

 1) Kawasaki K, Ishii K, Saito Y, Oda K, et al.: Influence of mild hyperglycemia on cerebral FDG distribution patterns calculated by statistical parametric mapping. Ann Nucl Med 22 (3), 191-200 (2008) 

2) Matsuda H, Mizumura S, Nemoto K, Yamashita F, et al.: Automatic voxel-based morphometry of structural MRI by SPM8 plus diffeomorphic anatomic registration through exponentiated lie algebra improves the diagnosis of probable Alzheimer Disease. AJNR Am J Neuroradiol 33 (6), 1109-1114 (2012)


日本医科大学大学院 医学研究科 脳病態画像解析学講座 活動報告 2015 年~ 2019 年より

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